山田祥平のRe:config.sys
この山田祥平さんは1991年にゲーム制作会社在籍時に「戦うMS-DOS」という本でお世話になったかただ。当時NEC-PC9801VM2の中古でレコンポーザという音楽ソフトを使うしかパソコンを使えなかった。で故リバーヒルソフトに入れて頂いた時、プログラムは出来るか?と尋ねられたら"Basic"なら少し分かりますと答えようと思っていたところ、"Basic"は知らなくてもいいから"MS-DOS"は勉強してくれと言われその日からバッチファイルを組むことになった。
その日の帰りに本屋で手に取ったのが「戦うMS-DOS」だった。もっと普通に?使い方を書いてくれればいいのに..と思ったが今となってはこの本と出会えて本当に良かったと思える本だ。
そのかたが記事を書かれているのを偶然見つけた。
Windowsの最後のsは複数形を意味する。表示される複数のウィンドウは、タイルからオーバーラップへと進化し、現在のスタイルに落ち着いてからは、かなり長い時間が経過している。そこにちょっとしたトレンドの変化が起こった。それが、タブインターフェイスの登場だ。
●タブが見せることができるのは1つのペインだけ
さて、このタブというUIだが、Windowsの設定ダイアログボックスではおなじみのものだし、広義には、Excelのシートタブなどもタブといっていいだろう。見かけがタブでなくてもよければ、公開されたばかりの「Windows Live Messenger」のオプション設定ダイアログボックスなど、いろいろなアプリケーションソフトで見かけるタイプのダイアログボックスも、一種のタブといえる。
タブの難点は、どんなに画面が広くても、1つのペインしか見せられない点だ。たとえば、ブラウザを使って複数のページを見る場合でも、2つのページの内容を見比べるような使い方にはタブは無力だ。結局は、ブラウザを2つ開き、双方に異なるページを表示させ、それを見比べるしかない。つまり、タブは、1冊の本に挟み込まれた複数の栞に過ぎず、1冊の本という呪縛から逃れることはできない。1冊の本の中の関連ページを同時に参照することはできないから、せめて、別の箇所を開きやすいように印をつけておく程度の意味合いにすぎない。
ブラウザのブックマーク、IEでいうところのお気に入りは、インターネット全体を1冊の本にたとえ、特定のページの在処をURLとして記録し、瞬時にそのページを開けるようにした。IE7におけるタブは、いってみれば、テンポラリーブックマークであり、その場で捨ててしまうお気に入りに過ぎないともいえるだろう。インターネット接続帯域が十分に高速で、かつ、サイトの応答性がよければ、タブの切り替えとお気に入りでの切り替えでは特に使い勝手に差を感じることはないはずだ。
もし、同じ本を複数冊用意することができれば、別のページを開いて机の上に置ける。そうすれば同じ本の中の別の箇所を同時に参照することができる。ブラウザを2つ以上開くというのはそういうことだ。なのに1つのブラウザで複数のタブを開こうとする。なぜ、これほどまでにタブはチヤホヤされるのだろうか。
<中略>
●デスクトップメタファは生き残れないのか
机の上に参考文献や資料類、ノートを開き、ペンを持って作業する。開いた資料類は重なり合うこともあるが、机が十分に広ければ、多少遠い位置ではあっても重なり合うことなく開いておける。図書館の何も置いていない広い机が使いやすいのと同じ理屈だ。そして、そのときもっとも注目しなければならない対象を手元にたぐり寄せて作業をする。デスクトップのメタファは、こんなイメージを目指していたはずだ。
MDIは、1冊の本では別の箇所を同時に見るのが難しいという部分までリアルデスクトップを真似してしまった。その背景にはアプリケーション指向を捨てきれず、中途半端なドキュメント指向しか持てなかったという事情もあるのだろう。ドキュメントとしてのファイルは複数に分かれていても、強引にアプリケーションが、それらを束ねてしまうという点で、リアルデスクトップよりたちが悪い。
それでもMDIは、タスクバー上にタスクバーボタンを表示するだけマシなのだ。Windows XPであれば、Alt+Tabで切り替えができるし、Windows Vistaご自慢の3D表示タスク切り替えでも、ちゃんとドキュメントのイメージが表示される。同時参照にはそれなりのスキルが必要だが、切り替えはたやすい。スキルさえあれば、子ウィンドウの操作もできる。
ところがタブは、悲しいほどにタブであり、リアル書物の悪いところをそのまま受け継いでしまっている。
<中略>
結局、操作としては、Ctrl+クリックでバックグラウンドタブとして、Shift+クリックで新しいウィンドウとしてリンクを開くという使い方をするしかない。いろいろな意味で、IE7へのタブ実装はツメが甘いと思う。
●タブが支配するWindows GUI
ぼくの懸念は、タブがWindows GUIの主流になりはしないかという点にある。タブが重宝されるのは、XGAでの表示がギリギリなほどリッチになったWebサイトのデザインと無関係ではあるまい。事実、こうしたリッチなデザインのページをウィンドウとして複数表示することができても、実用性には乏しい。
それに、オーバーラップウィンドウというUXが、もしかしたら、一般のユーザーには慣れ親しむのが難しかったという背景もあるだろう。実際、XGAクラスの解像度なら、スキルのあるユーザーは、ウィンドウを最大化して作業することが多いのではないだろうか。さらに、今後、多くのユーザーが慣れ親しんでいくであろう10フィートUIでは、オーバーラップウィンドウはありえないといってもいい。もし、UXGA以上の解像度が当たり前のように普及していれば、こうはならなかったかもしれない。
ここでもMac OSとの文化の違いが見て取れる。ただ、本来は最大化という概念がないはずのMac OSだが、最近のMac用アプリケーションは、振る舞いがちょっとWindows化している点も気になる。ウィンドウがデスクトップの大半を占領し、複数のファイルをその中で扱うUXが目立つようになってきているのだ。つまり、最大化に近い状態でないと実質的に使えないようなアプリケーションだ。以前に紹介した「Aperture」などは、そうしたアプリケーションの1つだ。
さらに、Windowsでいうところのエクスプローラバーは、Mac OSではサイドバーと呼ばれているが、これも一種のタブである。ここに表示されるアイテムをクリックすると、右側のメインのペインの内容が変わる。Windowsユーザーでも、iTunesを使ってみれば、その雰囲気が理解できるはずだ。Vistaのフォルダウィンドウなどを見ていると、Mac OS Xを強く意識している様子も感じられる。
複数のウィンドウがオーバーラップすることを前提にデスクトップメタファを提供してきたウィンドウシステムだが、WindowsにもMac OSにも、タブがちょっとした波瀾を巻き起こしている。これは一種の退化なのか、それとも、新しい時代のUIを予感させる兆しなのか、いったいどっちなんだろう。
そっかぁ。いままでブラウザ(Safari)のタブウインドウ機能は無いと困るほど使ってきた。でも本当に必要なのはタブ機能ではなくて、デスクトップのウインドウを簡単なマウス操作やショートカットキーで扱える事だったのかもしれない。
いまメインで使っている音楽ソフトの1つが Apple Logic Pro 7 なのだが、このソフトの最大の長所は、ウインドウ操作なのだ。テンキーの1〜9の数字にウインドウの状態が記録されている。しかもセーブとかのキー操作無しに。なのでテンキーを切り替えると画面の拡大されたものや逆に全体を俯瞰した状態のものが瞬時に切り替わる。以前この機能は OS として採用すべきだ伝えてくれと Logic User's Group に進言したが却下されたんだった。
まだまだ改良の余地があるのかも知れない。